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浦和地方裁判所 平成4年(ワ)1437号 判決

原告

福田竜倫

被告

赤沼和

主文

一  被告は原告に対し、金五三四万八五六〇円及びこれに対する平成四年一一月七日から完済に至るまで年五分の割合による金銭を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は四分し、その三を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  右一につき仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の主たる申立

被告は原告に対し、金二六六九万二一二五円及びこれに対する平成四年一一月七日から完済に至るまで年五分の割合による金銭を支払え。

第二事案の概要

一  原告の請求

不法行為に基づく損害賠償金とその遅延損害金請求

二  争いない事実と主たる争点以外の事実

(以下、事実認定に使用した証拠等は[ ]内に掲げる。)

1  事故

平成元年二月八日午前八時二〇分ころ、埼玉県比企郡吉見町大字本沢三五番地先路上で、被告運転の普通乗用自動車(被告車と略称)が、原告運転の軽自動車(原告車と略称)に衝突し(本件事故と略称)、原告が、頭部外傷、眼瞼挫創、右上腕外科頚骨折、右尺骨開放性中枢端骨折、右膝蓋骨開放粉砕骨折、右足関節挫傷、右胸鎖乳突筋挫傷の傷害を受けた(本件当初の傷害と略称)。

2  責任

本件事故は、被告が中央線の左側を通行すべき注意義務があるのに中央線を越えて対向車線を進行した過失により生じたもので、被告は民法七〇九条により損害賠償責任がある。

3  治療経過

原告は本件事故後、平成二年五月一三日自宅で膝を骨折し(膝再骨折と略称)、本件事故による本件当初の傷害及び膝再骨折につき次の治療を受けた。

(一) 埼玉成恵会病院 平成元年二月八日~同年五月一三日入院九五日 前記本件事故による傷害の治療

(二) 同病院 平成元年五月一四日~同年八月一日入院八〇日 膝等の治療

(三) 同病院 平成元年八月二日~平成二年二月一八日通院五三日 膝等の治療

(四) 同病院 平成二年二月一九日~同年三月八日入院一八日 膝等の治療

(五) 同病院 平成二年三月九日~平成三年六月四日通院三〇日 膝等の治療[甲一]

4  支払い

原告は、被告が保険契約をしていた日動火災海上保険株式会社(日動火災と略称)から本件事故に関する休業損害、付添費、眼鏡代等として四九二万八四四五円の支払いを受け、日動火災は前記病院の治療費につき同病院に対し六〇四万一三八五円の支払いをなした[乙四、弁論の全趣旨]。

三  主たる争点

1  膝再骨折が本件事故と相当因果関係があるか(請求原因)。

2  原告が、本件事故により別紙損害目録記載の損害を負つたか(請求原因)。

3  本件事故につき原告にも過失があつたか(抗弁)。

第三主たる争点に対する判断

一  膝再骨折が本件事故と因果関係があるか。

1  証拠等(甲六、乙二の一~一〇、原告本人、弁論の全趣旨)によれば次の事実が認められる。

(一) 原告は本件事故による本件当初の傷害の治療のため、埼玉成恵会病院において、患部鎮静と全身状態の改善を目的とする、牽引療法、化学療法を受け、平成元年二月一五日骨折観血的整復術を受けた。

(二) 右術後約二週間で膝蓋骨骨折に対し、ギプス切開を受け、運動療法が開始され、約三週間で上腕骨骨折に対し運動療法が開始された。その後骨癒合等の経過は良好で、膝蓋骨の手術につき抜去術を施行され、理学療法を受け、経過良好で平成元年五月一三日退院となつた。退院時の医師の説明では、左足に全体重をかけることは無理だがある程度の体重をかけてもよいとして、松葉杖一本を与えられた。

(三) 退院の翌日の一四日、来客と会うべく部屋に入り、松葉杖を後方について左足を前に出して書類をまたいだ時、左足に体重がかかつたため、左膝蓋骨を再度骨折した。直ちに、入院してギプスで固定され、鎮静を待つて平成元年五月一七日、骨折観血手術を受けた。右手術の経過も良好で二週間後より理学療法を受けた。右肩については、関節拘縮があり同年七月一九日に猛撃矯正施行を受けたが、手を挙げることが困難で理学療法を受けるとともに、変形徒手矯正機能訓練を受け、経過良好で同年八月一日退院となつた。

(四) その後、通院により肩関節の拘縮及び膝関節の機能障害のリハビリを受け、経過良好で、入院して平成二年二月二〇日骨内異物除去術を施行され、後療法により経過良好で抜糸、リハビリを経て平成二年三月八日退院となつた。その後膝の機能障害と肩関節の拘縮の機能訓練等のために通院し平成三年六月四日、次の後遺症を残して病状固定した。

(1) 右肩関節痛(運動時痛)及び拘縮による運動障害

(2) 左膝関節拘縮により正座不可能

2  右1に認定の事実経過よりすれば、再骨折するについては、原告の不注意な動作が原因となつた一面もあるが、骨折をした人が回復する過程で、不注意により再骨折することはあり得ないことではなく、右再骨折と本件事故とは相当因果関係があるものと言えよう。右原告の不注意はその損害につき過失相殺で斟酌することが相当である。

二  原告が、本件事故により別紙損害目録記載の損害を負つたか。

1  物損 二〇万円

原告が、本件事故によりその所持していたメガネ、時計、衣、着物、絡子が損傷したことを認めることができる[原告本人]が、その価値につき原告がその主張の三六万五〇〇〇円に沿う供述をするほかに証拠はなく、右原告の供述だけで右価値を認めることはできない。原告が僧侶であること及び右メガネ等が既に使用されたものであること[原告本人]を考慮すれば、右価値は二〇万円を下らないがこれを越えることもないものと認めるのを相当とする。

2  入院雑費 二三万一六〇〇円

原告は入院雑費として、同主張の六九万三三七六円を要した旨供述し、その作成した明細(甲二、八)を援用するが、その中には相当高額な「入院用品」等もあり、原告は医師等に対する謝礼であると供述するが、相当性を欠くとも考えられ、右明細どおりの雑費を本件事故と相当因果関係ある損害と見ることはできない。そこで、入院期間一九三日につき一日一二〇〇円の限度で相当因果関係あるものとするのを相当とする。

一九三日×一二〇〇円

3  入院付添費 五四万円

前記治療期間中で入院付き添いにつき医師の必要性の証明のあるのは六〇日間である[乙二の一、三、五]。しかし、前記傷害の程度に鑑み、一二〇日間は付き添いが必要であつたものと認め、一日四五〇〇円を相当とする。

一二〇日×四五〇〇円

4  通院付添費 六万円

原告の妻が通院三〇日につき付き添い[原告本人]、その費用は一日二〇〇〇円を相当とする。

三〇日×二〇〇〇円

5  通院交通費 四万七四四二円

通院八三日間につき自動車を使用し、そのガソリン代として右金額を要した[甲三、原告本人」。

6  休業損害 七六六万六六六六円

原告は宗教法人保泉寺(保泉寺と略称)の副住職であり、昭和六三年には保泉寺より給与として年四〇〇万円の支給を受けていた[乙三]。

原告は年四八〇万円を支給されていた旨主張するが、同事実を認めることのできる証拠はない。更に、原告が右以外に葬儀や法要に出たり、御詠歌の指導をしたりして収入を得たりしたが、これはいずれも保泉寺の副住職としての活動で、いずれも保泉寺の収入であり、これらから原告の給与等も支払われていたものである〔原告本人〕。従つて、右葬儀等による収入を原告の収入と考えることはできない。

原告が本件事故による怪我等のために事故後二三月間仕事をすることができなかつたものであるから〔原告本人、弁論の全趣旨〕次の収入を失つたものと考えられる(なお、原告は右休業期間中保泉寺から「給与」の支給を受けていたこともあるようであるが〔甲八、原告本人〕、これは原告に対する貸付金的なものと推定される。)。

四〇〇万円÷一二月×二三月

7  慰謝料 五四〇万円

前記判示の傷害の内容、治療期間及び後遺症の内容等に鑑み、傷害慰謝料は三〇〇万円、後遺症慰謝料は二四〇万円が相当である。

8  逸失利益 五五七万七二八〇円

原告が僧侶であることを考慮すると、前記後遺症によりその労働能力の一〇パーセントを症状固定時の平成三年六月五日(当時三七歳)から三〇年間喪失したものとするのを相当とする。

従つて、次の利益を失つたものと考えられる。

四〇〇万円×〇・一×(一五・八〇二六-一・八五九四)

9  弁護士費用 五〇万円

本件事案の内容、前記損害額、原告の不注意等に鑑み、右金額が相当である。

三  本件事故につき原告にも過失があつたか。

1  被告は、本件事故現場の同人の進行方向の左側で歩道整備工事が行われており、作業中のユンボが被告車線側に動いたため、危険を感じて対向車線に入つたもので、対向車の運転者である原告は、右事態を予測して停車するなど、事故の回避措置をとる義務がある旨主張する。

2  証拠(乙一の一~六及び一四~一七、原告本人、弁論の全趣旨)によれば次の事実が認められる。

(一) 本件事故現場は制限速度時速四〇キロメートルに指定されている直線道路であるが、被告の主張するように歩道整備工事が行われて作業機械が作動していた。

(二) 被告は、被告車を運転して時速五〇~六〇キロメートルで事故現場にさしかかつたが、自己の車線が十分通行可能であつたのに、右作業機械に気を取られて、対向車線に入つた。

(三) 原告は、原告車を運転して右対向車線を時速約四〇キロメートルで進行してきて、約四〇メートル前方の被告車両のはみ出しに気付き、速度を時速二〇~三〇キロメートルに落として被告車両が自己の車線に戻ると考えて進行したが、被告車両がそのまま通行してきた結果、左に回避したが避け切れず事故となつた。

3  右2の事実を前提に考えれば、このような場合に被告の主張するような義務が原告にあると言うことはできない。

4  なお前記のとおり、本件事故後原告は、松葉杖を後ろについて書類をまたぎ、治療中の左足に体重をかけるという自らの不注意もあつて膝再骨折をしたもので、これが、原告の前記損害の拡大の原因をなしたことは明らかである。しかし、その後の治療は右再骨折のためのものに限られず、当初の傷害による肩の治療等もなされており、また、その後遺症も再骨折がどの程度寄与しているかなど、必ずしも明らかでなく、従つて、前記損害の内再骨折が明らかに関係のない物損を除き、多くはいずれが当初の傷害によるもので、いずれが再骨折によるものかを区別することは困難である。だからと言つて、その原告の不注意による損害の拡大した部分を含めて被告の負担とすることはできない。そこで、損害負担の公平の見地から民法七二二条二項を準用し、一部再骨折前に生じた損害も含まれていることも考慮して、物損を除き原告に生じた損害の二割を減ずるものとする。

四  被告の賠償すべき損害額 五三四万八五六〇円

200,000+(231,600+540,000+60,000+47,442+7,666,666+5,400,000+5,577,280)×0.8+500,000-10,969,830=5,348,560

第四結論

よつて、原告の請求は右損害額とこれに対する遅延損害金の限度で理由がある。

(裁判官 田村洋三)

損害目録

一 物損

メガネ(五万円)、時計(一五万円)、衣(一〇万円)、着物(三万五〇〇〇円)、絡子(三万円)

二 入院雑費 六九万三三七六円

三 入院付添費 八六万八五〇〇円

一九三日×四五〇〇円

四 通院付添費 一六万六〇〇〇円

原告の妻が通院八三日につき付き添い、一日二〇〇〇円

五 通院交通費 四万七四四二円

自動車で通院八三日間のガソリン代

六 休業損害 一二二〇万円

1 定期収入 九三〇万円

原告は宗教法人保泉寺の副住職で、同寺より月収三〇万円と賞与年二回六〇万円を受けていたが、本件事故により二三月間休業し賞与四回分を得られなかつた。

2 葬儀特別収入 九八万円

原告は、一月平均二つの葬儀に出て、五~一〇万円の収入を得ていたが、本件事故により二六件分の前記収入を得られなかつた。

3 法要収入 一四六万円

原告は、一五の寺院の定期法要を営み、一回二~一〇万円の収入を得ていたが、本件事故により定期法要を営むことができず、前記収入を得られなかつた。

4 御詠歌指導料 四六万円

原告は、御詠歌の指導をして一回二万円の収入を得ていたが、本件事故により二三回分を得られなかつた。

七 慰謝料 六四〇万円

傷害慰謝料 四〇〇万円

後遺症慰謝料 二四〇万円

八 逸失利益 一〇三三万〇二五二円

原告は、年間四八〇万円を得ていたが、本件事故の後遺症により、労働能力の一四パーセントを三〇年間喪失した。

九 弁護士費用 五〇万円

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